多摩稲門会 「第56回文化フォーラム・春季懇親会」
2015年04月05日
平成27年3月28日(土)14時から18時、多摩市落合のキャリア・マムホールで「多摩稲門会『第56回文化フォーラム・春季懇親会』」が開催された。
第56回文化フォーラムは、昭和初期、日本ボクシング界の象徴的存在で、「拳聖」と呼ばれたプロボクサー「ピストン堀口」のすべてを、長男である堀口昌信氏に語っていただいた。長張紘一幹事長の開会のアナウンス、依田敬一会長の挨拶、尾ノ井光昭副会長の文化フォーラム紹介、早大ボクシング部OBである白鳥金丸会員の講演者紹介のあと、堀口昌信氏の講演が始まった。
当時、「総理大臣の名前は知らなくても『ピストン堀口』の名前を知らない者はいない、とまで言われた男、ピストン堀口、本名堀口恒男氏は、日本ボクシング史上不世出の怪物であった。ミットを10分間連打し続けても息切れ一つしなかったという、その無類のスタミナは、講演者の長男昌信氏にも受け継がれていて、質疑応答時間を含めて、100分の講演時間を息が途切れることもなく、豊富な話題で聴衆を魅了した。ピストン堀口が昭和12年に練習場として開いたボクシングジムは、長男昌信氏が「ピストン堀口道場」として開設して後を継ぎ、現在は孫にあたる昌彰氏が受け継いでいる。3代続けての早大ボクシング部でもある。36歳にして不慮の列車事故で亡くなるまで、「拳闘こそ我が命」としてボクシングに生涯をささげた「拳聖・ピストン堀口」は早稲田の尊敬できるOBであることは間違いない。尾ノ井光昭副会長の閉会の辞で、第56回文化フォーラムは終了した。
引き続き第2部の春季懇親会が、尾ノ井光昭副会長の開会の辞、藤井國男副会長の乾杯音頭で始まり、平松和己副会長の司会・進行で進められた。ピストン堀口の偉業を聴いた興奮も冷めやらぬままに酒を酌み交わし、講演者の堀口昌信氏も加わって、談論風発、なごやかな懇親会となった。新入会員の紹介、参加会員のひと言コメント、各サークルの活動近況報告が行われた。特に今回は多摩市在住の2名の現役早大生が参加し、緊張しながらもスピーチをしていた。稲垣友三副幹事長の閉会の挨拶のあと、参加者が全員で肩を組んで、校歌「都の西北」を斉唱した。