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小説「三国志」を朗読の史談会
2016年11月27日
「歴史に遊ぶ会」は11月21日、永山公民館のサークル室に多摩稲門会の4人が集まり、吉川英治の小説「三国志」の「白帝城」「遺孤を託す」などを朗読した。史談会の朗読は第36回目の今回が初めての試みであった。
筆者はこの秋、中国の長江をクルーズ船に乗って下った。途中で下船し、白帝城などを訪ねた。白帝城は蜀の帝・劉備玄徳が呉との戦いに敗れ、逃げ込んだ城である。筆者が作った三国志に関する地図、筆者が撮った写真に即して小説の関連個所を朗読したものである。
白帝城(写真)は陸続きだったが、三峡ダムができた後、長江の水位が上がり、現在は島になった。往時は今よりも高い山城であった。
玄徳は白帝城で亡くなったが、その際に太子の劉禅を孔明に託した。これが「遺孤を託す」である。孔明は魏の智将・司馬懿仲達が失脚すると、蜀が三国を制覇する機会が到来したと檄文を書き、劉備玄徳の後主・劉禅に提出する。それが出師の表である。
白帝城に行けば人形で再現された「遺孤を託す」場面、出師の表の文言を記した石碑などをみることができる。
荊州の古城(写真)も訪れた。呉と蜀が同盟して魏を破った赤壁の戦いの後、孔明の智略で蜀が荊州の城を手に入れた。しかし、荊州の守護を任された関羽は呉の武将の策略にはまる。関羽の最後を描いた「国葬」の場面も朗読した。1年前の昨年秋、洛陽にある関羽の首が葬られた小さな丘の写真も参加者にお見せした。
荊州古城には玄徳、孔明、関羽、張飛とともに趙雲の像が安置されている。趙雲は玄徳が窮地に陥った際、再三にわたり救う武将だった。とりわけ太子劉禅が幼児だった頃、敗走のなかで救出した。
これらの場面を描いた吉川英治の「三国志」を読むと、拾い読みしただけで2時間を要した。朗読後、参加者が小説「三国志」の史実性について話題にした。小説は中国の「三国志演義」を踏まえた吉川英治の創作であり、史実そのものでないことは言うまでもない。サークル「歴史に遊ぶ会」は歴史の研究会ではなく歴史を楽しむ会であることを確認した。
(川面記)
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