若返りハプニング会 (グルメの会に参加して:川面記)
いつもは70歳前後のメンバーだけの集まりが、3月28日は思いがけないことに妙齢の女性が新に加わり、華やいだ会になった。多摩稲門会のサークル「グルメの会」が、である。稲門会の高齢化が進んでおり、若返りを図る会員増強策を推進しようとしている矢先のハプニングであった。
「グルメの会」の世話役は朝日新聞の政治経済記者をされた浅井さんであり、参加者名を事前にメール連絡してくれる。それで当日は12名が参加し、2年先輩の鈴木さんが参加者リストに入っていることは承知していた。当日は午後5時に京王線聖蹟桜ヶ丘駅の改札口に集合することになっていた。私は一番乗り、続いて稲門会の会員名簿を管理している稲垣さんが現れた。
「今日は鈴木さんが参加されますが、お顔を見てもわからないんですよ」。そう言う稲垣さんの言葉に私はちょっと戸惑った。鈴木さんは稲門会のサークル「テニスの会」でも活動しており、稲垣さんはテニスの指導者である。お互い知らない筈がないからだ。
「鈴木忠男さんを知らないはずがないでしょう」。「その鈴木さんではなくて、新しく会員になった平成7年卒の鈴木さん、女性弁護士です」。平成7年卒業と聞いて、40歳代前半の女性だとわかった。稲垣さんに「グルメの会」に参加する旨をメール連絡してきたという。そう聞いても、子供世代の女性が老人クラブ化している「グルメの会」に参加するということが半信半疑であった。
定刻になっても、40歳代の女性弁護士は現れなかった。参加を伝えてきた女性の一人が遅れている。世話役の浅井さんが彼女を待つことになり、残りの者は先に当日の会場になっているイタリア料理店「サルヴァトーレ」に向った。駅前のバス通りを左に折れ、また右に曲がった路地を通り、ニュータウン通りに出る。その角に店がある。
店に入ると、12人分の席が用意されていた。やがて浅井さんが店に来た。遅れていた女性と電話連絡がとれ、5時10分過ぎに乾杯しようということになった。飲み放題コースだが、2時間制限なので、あまり会の開始を先延ばしするわけにはゆかない。さあ乾杯、という声がかかったところに遅れていた女性が現れた。仕事で遅れるとあらかじめ連絡があった男性もやがて来て12人全員が揃い、つつがなく会は進行した。
午後6時を過ぎると、若いお客が続々と店に来た。若い女性グループが二組、それに「グルメの会」の老人グループで店は賑やかになった。私は再び稲垣さんに確かめた。「女性弁護士の鈴木さんが参加されるという情報の出所はどこですか」。「稲門会に入会されると連絡がありましてね。31日に文化フォーラムがあるから出ませんか、とメール連絡したら、その日は都合がわるいと言うので、それではグルメの会がありますと伝えたら、参加されるとなったんです」。鈴木さんは、店の所在がわからないだろうと思った。「それじゃ、来ないだろうね」。ちょっと落胆した。
それから時間が経ち、コートの女性が店に現れた。私たちのグループを見て、こちらかしら?という表情になった。すぐに鈴木さんだとわかった。女優の島田陽子に似た顔立ちの素敵な女性だ。歓声があがり、グルメの会の雰囲気ががらりと変わった。「ここはわかりにくかったでしょう」。「ええ、少し」。彼女中心の会話になった。
司法試験に合格した才媛、てっきり早稲田の法学部卒と思っていたら文学部卒だ。一度は就職したが、祖父が弁護士で、自分も弁護士になろうと思い立ち、法律の勉強をしたという。弁護士3人で事務所を持っているが、弁護士活動をしていくうえで稲門会のような集まりに入っていたほうがよいと他人に勧められ、多摩稲門会のブログを見て入会を申し込んだのだった。
「高校1年の息子がいます」。その母親とは思えない若さ。高校は国立、なかなかの名門校だ。昔は立川高校が地域ナンバーワンだったが、現在は国立高校に変っているとか、ひとしきり高校談義になった。
息子には早稲田に進むように勧めているという。実現すれば、鈴木さんの祖父、父も早稲田なので、4代続きの早稲田になる。鈴木さんの前に座っていたサークル「(早稲田スポーツの)オッカケたい長」も、親戚に早稲田4代がいて大学式典で表彰された。4代はそれだけの価値がある。
会話の流れが放縦にならないようにと、浅井さんが参加者各自に一言しゃべるようにと言った。私の番になり、鈴木さんが弁護士であることを考えて、かつて司法記者会にいた話をした。
「私は日本経済新聞の社会部記者をしていたことがありましてね。東京オリンピックが終わった後、2年半ぐらい、司法記者会にいました。東京地検特捜部の事件の内偵、家宅捜索と被疑者の逮捕、それから起訴して初公判、検事の論告求刑、弁護側の最終弁論、そして判決、その流れを追いました。まあ、生きた法律を勉強したわけです。政経学部の新聞学科卒ですが、あまり勉強はしませんでしたね。しかし、仕事は真剣ですから法律は勉強しました。日本経済新聞社法学部を卒業したようなもんです」。
当日はマスコミのOBが3人参加していた。朝日OBの浅井さん、私、それにNHKのアナウンサーをしていた西村さんだが、西村さんはまだラジオ深夜便のニュース放送をしている。見かけは老人だが、声は若々しい。
やはり多摩稲門会には若さが必要だと痛感した。当日の参加者に共通した思いだろう。私は現在、副会長の一人だが、6月総会時の役員改選では退く旨を内々伝えてある。翌月末には72歳になる。活動からまったく手を引くというのではなく、できることはやろうと思っている。それで会報「杜の響き」の編集を手伝う心積もりがあることも表明した。すでに臨時担当として次号の編集を任された。
稲門会はこれから藤井先輩が先頭に立って会員増強運動を行なう。現在は160人余だが、ゆくゆく300人を超える会にするのが目標だ。そういう時機であり、鈴木さんの入会は従来と違った意味で歓迎された。
先日、早大法学部を昭和54年に卒業した日経の後輩、茂木良之君からメールが入り、「新宿か調布で飲みませんか」という内容だった。茂木君は私が横浜支社長をしていた頃、支社の広告課長だった。現在は公益財団法人・広告審査協会の調査部長を務めている。飲み会は結局、支社で総務を担当していた本社勤務の女性らも誘い、有楽町の中華料理店で行なった。その際、私は茂木君に多摩稲門会に入会するように頼み、快く了承してもらった。
茂木君が利用する最寄り駅は京王線仙川駅であり、聖蹟桜ヶ丘駅まで時間距離は10数分に過ぎない。現在57歳であり、稲門会の会員として望ましい年代である。茂木君に「山歩きの会」の活動に参加するようにと勧めたところ、「高山を一人で歩くのが好きですから」と言われた。「6月23日に総会があり、その後の文化フォーラムでは吉野光久君に講師を引き受けてもらう。吉野君は『異土』という小説を書いてね、今年度の木山捷平短編小説賞を受賞したんだ。それで小説談義をしようと話している」。詳しくは次号の会報で案内する。
鈴木さん、茂木君のような新入会員が多摩稲門会に入った後、会の活動に興味を持ったり、参加したりするようにしなければ、参加してもらった意味がなくなる。せっかく会員の若返りを図っても、新入会員に失望されるようでは、稲門会は再び高齢化し、やがては衰退を免れない。そうならないようにするためには稲門会を「おもしろい、楽しい、役に立つ」会にしなければならない。
(2012・3・29)