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3月のコートのご案内です。奮って ご参加ください!
2015-02-22
3月のコートが確定しました。
●場所:一本杉公園内テニスコート
▼開催日時等:
・3月03日(火) 8:00~10:00 Cコート・Dコート
・3月10日(火) 8:00~10:00 Cコート・Dコート
・3月17日(火) 8:00~10:00 Cコート・Dコート
・3月24日(火) 8:00~10:00 Cコート・Dコート
・3月31日(火) 8:00~10:00 Cコート・Dコート
稲垣コーチによるレッスンもあります。 是非、コートへお出でください。
お問い合せは:中里 保司/Mail to ⇒ nkzto@live.jp
都電荒川線に乗って沿線の史跡を廻る
2015-02-15
“歴史に遊ぶ会” 初春のイベントご案内!
穏かな小春日和に懐かしい「都電荒川線」に乗り、沿線の史跡を訪れませんか。 そして終点の「早稲田」界隈で学生時代にタイムスリップし、懐かしのレストランで楽しい一時を過しましょう。
こんな想いで企画しました初春のイベントを下記のようにご案内いたしますので、多摩稲門会の皆様奮ってご参加下さい。
[記]
1.日時 : 3月19日(木) 午前9時半~午後4時ごろ
2.集合場所 : 京王線永山駅・改札口
3.沿線下車駅 : 「三ノ輪」>「新庚申塚」>「雑司が谷」>「早稲田」主要な史跡や訪問施設などは添付資料を参照下さい。
4.費用 : 都電一日乗車券 400円(但し昼食代及び早稲田界隈での懇親会費用は参加者の個人負担とし含んでいません)
5.参加人員 : 10人前後
6.申し込み : 当サークル世話人/川面さんもしくは当企画・藤井(国)まで
7.その他 : 詳細ご案内は添付資料や別途川面世話人発信のメールをご覧下さい。
初春の「歴史に遊ぶ会」は3月19日実施します。当日荒天の場合は次の週の前半に繰り延べしますが、詳細は追って連絡いたします。
藤井
世田谷の歴史散策 11人が参加
2015-02-15
サークル「歴史に遊ぶ会」は世田谷の歴史散策を行った。2月13日午後1時、小田急線経堂駅南口に11人が集合し、約7kmの道程を元気よく歩いた。
まず世田谷八幡宮に向かった。源義家が11世紀末の後三年の役から都へ帰る途中豪雨に遭い、10数日を過ごした縁で創建された神社とされる。後には世田谷領主・吉良家の祈願所となった。
東急世田谷線の宮の坂駅を右に見ながら線路を渡ると井伊直弼の墓がある豪徳寺。参道を進み仏殿の前で参加者が記念写真におさまった。豪徳寺の前身は世田谷城主・吉良政忠が伯母の菩提のために建てた弘徳院。世田谷は寛永十年(1633)、彦根藩井伊家の領地になり、寺も井伊家の菩提寺になった。寺の名も藩主・直孝の法号をとって豪徳寺と改称した。直孝が落雷に遭った際、猫が招き入れたという伝説もあり、招福観音も人気スポットだ。
豪徳寺の南に世田谷城址公園がある。清和源氏・足利氏の一族、吉良氏の居城であった。説明板を読むと、小田原北条氏と縁戚関係をもつが、豊臣秀吉の小田原攻めによる北条氏の没落に伴い、吉良氏は上総国生実(おゆみ、現千葉市)に逃れ、世田谷城は廃城になったと記されている。
城山通りから烏山川緑道を歩き、吉良氏一族の墓所がある勝光院を訪れた。由緒ある梵鐘が伝わり、世田谷区の名木百選に入る孟宗竹林が広がっている。
その後、世田谷通の交差点を渡り、東に向かいボロ市通を歩いた。右側に藁葺き屋根の世田谷代官屋敷が見える。入場は無料だが、受付で人数分のパンフレットをもらった。
「世田谷代官屋敷は、江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20ヶ村の代官を世襲した大場家の役宅で、大場代官屋敷とも呼ばれています」と記されている。庭には白州の跡、建物の内部ものぞくことができる。
ここで稲門会の会員である福田宏さんのことが話題になった。大場代官の弟が江戸末期に四谷左門町の大番与力であった福田家の養子になった。その子孫が福田さん。現在「一般財団法人 大場代官屋敷保存会」があり、福田さんは先祖の縁で同会の評議員になっている。
代官屋敷の奥に郷土資料館があるが、当日は不参加の福田さんにいつの日かご案内していただくことにして先を急いだ。最終目的地は松陰神社である。
ボロ市通を北に折れ、世田谷区役所の前を通り過ぎ、区役所前の交差点を右折すると左に若林公園、その隣に松陰神社がある。
社殿に参拝し、萩にある松下村塾と同じ造りの建物を見た。建物の板にNHK大河ドラマ「花燃ゆ」のポスターが貼られている。松陰の妹、杉文をモデルにしたドラマ。一行の足は松陰の墓所に向かい、幕末を回顧した。
「井伊直弼が首謀した安政の大獄で松陰が30歳という若さで刑死しなかったならば弟子の前原一誠は萩の乱を起こさなかったのではないか」。話は薩摩に飛び、「西郷隆盛や大久保利通を引き立てた小松帯刀が36歳で病死しなかったならば西南の役は起こらなかったのではないか」と歴史散策は史談会になった。
穏やかだった天候は曇りがちになり、風も冷たくなった。時刻は午後4時近い。松陰神社前駅から世田谷線で下高井戸駅に行き、京王線に乗り換えて聖蹟桜ヶ丘駅に到着したのは5時を回っていた。
最寄りの京王クラブ・グリルで10人が歓談した。その中で秋には奈良の明日香を歩こうという話がもちあがった。その頃は「歴史に遊ぶ会」も30回目を数えているだろう。
(文責・川面)
日野稲門会ハイキングのお知らせ
2015-02-15
日野稲門会ハイキング同好会からご案内が届きました。
ご検討の上ご参加下さい。長張
今年初めてのハイキングは、高尾山を眺める南高尾草戸山です。標高365mとあまり高くありませんが町田市の最高点で、休日でも高尾山ほど混雑せずゆっくり 尾根歩きが楽しめます。ご参加をよろしくお願いします。
記
1 行 先: 草戸山から城山湖へ
2 実施日: 平成27年3月28日(土) 雨天の場合は3月29日(日)
(注)中止の連絡: 前日の午後7時ころまでに担当から参加予定者にその旨電話で 連絡します。連絡がない場合は予定どおり実施するものとご理解ください。
3 集 合: 京王線高尾山口駅9時15分 改札前
4 コース: 高尾山口駅→四辻→草戸峠(高尾山方面の展望が開ける)→草戸山(標高365m・昼食休憩)→城山湖畔→ロックフィル形式の本沢ダム上を徒歩で渡る一金毘羅宮→(小松ハイキングコース)→小松城跡→(城山カタクリの里・ショートカットも検討)→城山総合事務所入口バス停→(神奈川中央交通バス)→橋本駅 (解散)
5 歩行時間: 2時間35分、8.5km 所要時間: 4時間
6 資 料: 参考資料を当日配布します
7 支度 持ち物: 弁当 飲料水 軽登山靴 雨具 帽子 手袋 寒さ対策 緊急時医薬品
8 交通費: バス230円(城山総合事務所入口バス停―橋本駅)
9 保 険: スポーツ安全保険は会員でハイキング中のみが対象
10 参加・不参加の連絡:3月13日までに次の連絡先へ、Eメール 電話 はがきのいずれかでご連絡ください。
3月28日および3月29日の両日について連絡お願いします。
11 連絡先; 191-0043日野市平山2-6-5 高橋敏夫
Eメールアドレス ts-taka@mail.hinocatv.ne.jp
電話 042-591-6811
12 実施担当; リーダー 高橋 敏夫
サブリーダー 松島 正明 電話 042-591-9747
以 上
第8回南大沢碁会
2015-02-08
囲碁の会では1月29日(木)、第8回南大沢碁会を開催
参加者(敬称略)
多摩・・・人見哲爾八段、城所睦雄七段、上杉雅好七段、萩尾昇平七段
角田重男四段、西村幸一四段、白石徹郎四段、中神尚男四段
梶本進司四段、井石道彦四段、平松和巳三段、吉田京二段
稲城・・・柿内基志六段、豊島澄雄五段、藤井雅史1級
八王子・・・三浦晴久五段、中西公一四段
日野・・・大高秀樹1級
当初19名の参加予定だったが、金子さん、再検査ということで欠場、上記18名の参加となった。しかし、南大沢碁会としては過去最高の参加者となった。
また、午前中はいつもの第2会議室が予約できなかったので、初めて第1会議室で行ったが、広々として天井も高く何かイベント会場らしく味わいがあった。今後は終日この第1会議室を使用したい(若干使用料は高くなるが・・・)
2回戦を終わって連勝者は、井石四段(多摩)、藤井1級(稲城)、城所七段(多摩)、上杉七段(多摩)、中西四段(八王子)の5名。
3回戦は、城所七段対上杉七段、中西四段対井石四段、そして藤井1級には吉田二段が宛がわれた。城所七段は上杉七段に3目差勝利、中西四段は井石四段に中押し勝ち、そして藤井1級は吉田二段に8目及ばず。決勝戦は城所七段対中西四段、城所七段が中西四段に中押し勝ちで南大沢碁会V3を達成した。
4回戦が終わり得点集計結果、準優勝は人見八段、3位は平松三段となった。決勝戦で負けた中西四段はトーナメント戦なら準優勝となるところだが、本大会の準スイス方式(&得点方式)では302点と、入賞外(6位)となった。
優勝:城所七段(多摩)、4勝0敗+367点
準優勝:人見八段(多摩)、3勝1敗+339点
3位:平松三段(多摩)、3勝1敗+326点
飛び賞(8位):藤井1級(稲城)、2勝2敗+247点
飛び賞(12位):大高1級(日野)、2勝2敗+224点
ブービー賞:西村四段(多摩)、0勝4敗+112点
予定より早く終わり午後5時15分前から、会場近くの”まるかみ水産・まぐろ人”で打ち上げ懇親会。本会場での打ち上げは3回目である。10名が参加。店内は相変わらず若い人が多く、活気があった。萩尾さんがいると話題がぐぅ~んと広がる。古い時代の囲碁四方山話など(賭け碁の話)で大いに話が弾んだ。
井石さんの所属する聖ヶ丘囲碁サークルに後藤さんという女性がいて吉田さんとも紅友会などで旧知とのこと。次回お誘いするように井石さんにお願いした。また、井石さんが小さいときから教えていて多摩市囲碁連盟の大会などによく出てくる老松君(現在小学校4年生、四段)も夏休みなので誘いたい。彼は大会が大好きなので・・・
最後に多摩稲門会俳句サークルでも活躍している萩尾さんに一句お願いした。
賭け碁負け 肩の首筋 氷雨来る
また、城所さんV3コメント・・・目の調子が良ければまだまだ打てる!と力強いお言葉。いつもよりやや長くなってしまったが午後7時散会、人見さん、井石さん、西村は多摩センターで下車、人見さんの夜の拠点カラオケ”オリーブ”で2次会。
次回南大沢碁会開催は8月中旬~下旬に予定 (4月中旬~下旬、3稲門会碁会)
以上、西村
<芸者さんとの第51回グルメの会>
2015-02-01
文字通り史上最高となった!
1月28日に開いた51回目のグルメの会は女性3人を含む18人が参加、きれいどころのお酌と踊り、参加者を交えた「お遊び」で終始華やいだ雰囲気となった。加えて気配りの行き届いた日本料理やおいしい酒を堪能したせいか、「来年もぜひここでやろう」という声が次々と上がる盛り上がりぶりだった。
会費はふだんの3倍近いひとり1万3千円。にもかかわらず、これもグルメの会史上最多 の参加者が、寒い中、JR八王子駅から10分ほどの割烹料亭「すゞ香」まで足を運んだ。
会費集めがスムーズに終わった後、中川邦雄・元多摩稲門会会長が音頭をとりビールで乾杯。3人の芸者さんが舞台に上がり、深々とお辞儀をし、自己紹介して宴会が始まった。
3人は、八王子芸者では屈指の人気を誇る小太郎さん、愛嬌たっぷりな藍さん、芸者2年目で若さがはじける成華さんで、いずれもこまめに客席を回って色気をふりまいた。
並行して食前酒の柚子香り酒が運ばれ、先付の生ウニやナマコ酢を手始めに、蟹爪新挽揚げ、ニシンの昆布巻きの前菜、蕪ら汁と続いた。
このころには、熱燗の日本酒がぐいぐいと飲み干され、「すごいペース!」と驚いた小太郎さんが勘定の中間チェックをしてくれたほど。
本マグロやヒラメなどのお造りが運ばれたころ、藍さんの三味線伴奏で成華さんと小太郎さんが、「春はうれしや」「さのさ」などの踊りを披露、参加者からはため息がもれ、大きな拍手が送られた。
座が大いに盛り上がったころ、小太郎さんが「お座敷遊び」を提案し、女性も含めて数人が舞台に上がって満面の笑みを浮かべながら身振り手振りをまねた。
グルメの会恒例のショートスピーチは時間の制約から今回省略した。ただ、例外的にグルメの会初参加の内田通夫さんと重い病気を克服した川俣あけみさんにコメントを依頼、両人とも今回の宴席に大いに満足されたとのこと。世話役だけでなく、今回のお膳立てに協力してくれた井上一良さんと川面忠男さんともども肩の荷が下りた気がした。
寒ブリの西京焼きや煮物の百合根饅頭などに舌鼓をうった後、蟹御飯で締めとなった。
(世話役 浅井隆夫)
多摩稲門会 「第55回文化フォーラム・新年賀詞交歓会」
2015-02-01
平成27年1月24日(土)14時から18時、多摩市永山の多摩永山情報教育センター内にある展望サロン「美膳」で「多摩稲門会『第55回文化フォーラム・新年賀詞交歓会」が開催された。
第55回文化フォーラムは、46名の聴衆を前にしての早稲田大学マンドリン楽部の演奏であった。長張紘一幹事長の開会のアナウンス、依田敬一会長の挨拶、尾ノ井光昭副会長の文化フォーラムの説明と司会者紹介のあと、早稲田大学マンドリン楽部OB会副会長大橋忠弘氏の軽妙な司会で進められた。
美空ひばりの「川の流れのように」、「ムーンリバー」、「青い山脈」、「いい日旅立ち」など20曲を7名の4年生女子で演奏し、聴衆を深く魅了した。マンドリンの生演奏で、唱歌「たき火」、東日本復興支援ソング「花は咲く」、唱歌「ふるさと」を会場全員で合唱し、マンドリンの感極まる切ない調べと会場聴衆の唱和のハーモニーが心の琴線に触れ、ハンカチで目頭を押さえている人もいた。最後はマンドリン演奏による校歌「都の西北」で、うっとりとした優雅なマンドリン演奏会を締めくくった。尾ノ井光昭副会長の閉会の辞と次回文化フォーラム(拳聖ピストン堀口「拳闘こそ我が命」)の紹介で、第55回文化フォーラムを終了した。
引き続き第2部の新年賀詞交歓会が、尾ノ井光昭副会長の開会の辞、中川邦雄名誉会長の乾杯音頭で始まり、平松和己副会長の司会・進行で進められた。酒を酌み交わし、旧交を温め、なごやかな新年会となった。会場の展望サロン「美膳」から多摩市の夕景がパノラマのように一望でき、肩を寄せ合ってグラス片手に外を眺めながら語り合っている会員も多くいた。新入会員の紹介、参加会員のひと言コメントが続いた。文化フォーラムで演奏したマンドリン楽部の女子学生が自己紹介や就職先について言及し、会場を湧かせた。稲垣友三副幹事長の閉会の挨拶のあと、参加者が全員で肩を組んで、校歌「都の西北」を斉唱した。
新年賀詞交歓会参加者(敬称略):
浅井隆夫 新井正子 石川良一 稲垣友三 遠藤千尋 尾ノ井光昭 加来健一郎 上條喜義 川面忠男 小暮栄治 小林 勲 櫻井和子 佐藤達雄 白鳥金丸 竹本春樹 田辺繁友 堤香苗 中川邦雄 長張紘一 中村昭夫 浪久圭司 西村幸一 浜松国雄 平松和己 福田宏 福田かほる 藤井國男 前田光治 益田幸兒 水谷求 山中康廣 山本達人 湯浅芳衞 由井濱洋一 吉川啓次郎 依田敬一 (以上36名)
(稲垣友三 記)
多摩稲門会山歩きの会 2月例会
2015-02-01
A・Bコースは南高尾草戸山です。標高は365日と同じ一年山と呼ばれ、町田市の最高度となります。梢だけになった落葉樹の林の間から陽が差し込み、隣の山並みの景色が望めます。帰路、時間があれば初沢城跡や御衣公園等立ち寄ることもできます。天候が良ければ清々しいハイキングとなります。通常の第3土曜日から第4金曜日に変更しています。
ご検討の上、体調に合わせご参加下さいますようお願いいたします。
1.日時 A・Bコース 2月27日(金)
2.予定コース A・B コース 南高尾 (歩行3時間半程)
○ 集合 (10:00) 京王線高尾山口駅改札口
徒歩開始 京王線高尾山口駅(:10)→四辻(1:10)→梅の木平分岐(:05)→草戸峠(:10)→草戸山(昼食) (:10) →草戸峠(:05)→梅の木平分岐(:05)→拓殖大学キャンパス東尾根分岐(1:40)→高尾駅
○ 持ち物・装備
・昼食、水、間食等 服装長袖シャツ(寒さ対策-ウインドヤッケ・ジャンパー等)、帽子、軍手、タオル等、雨具(折り畳み傘)、ストック。
○ 雨天の場合は中止します。迷うような場合は、電話でお尋ね下さい。
参加ご希望の方は、長張(tel 042-337-1792)(e-mail nagahari@ttv.ne.jp)にお知らせください。
「いねの会」 唄い初め
2015-01-25
新年明けましておめでとうございます。今年はひつじ年、今年もメ~メ~唄いましょう。
今年の「唄い初め」はビンゴゲームで今年一年の運勢を占いました。ビンゴの景品は写真のような豪華景品、金箔入りのお酒やボルドーのワイン、又は有名ブランドの手袋からハチミツやとらやの羊羹まで、羊羹の羊にはちゃんと羊が入っているんですね。
この様なバラエテイに富んだ景品を準備するのは男性ではなかなか出来ません。その点、稲門会の歌姫、辻野さんがビンゴの機械から景品まで全部準備して下さいました。
未の守り本尊は「大日如来」、時刻は午後2時前後と言う事で午後2時にintermissionを取りビンゴゲームを開催しました。
今年の運勢はどうだったのでしょうか?本人だけが知っております。
「いねの会」幹事 K
2015.1(第149回)高尾城山
2015-01-18
1月の例会は17日、AB両コース合わせて高尾城山を目指し、メンバーは櫻井和子さん、中西摩可比さん、中川邦雄さん、金子宏二さん、長張紘一の5人となった。
11月末、川妻庸二名誉会長の偲ぶ会が開催された。川妻さんは山を愛された大先輩であり、20年程前に「山歩きの会」を発足された。以降、今回Aコースは149回目となる。先月A・Bコースとも追悼山歩きが計画されたが、Aコースは荒天のため中止となった。
JR高尾駅北口に集合、バスは臨時便をあわせて2台連ねて9時32分に出発。僕らは後発の空いているバスに乗り込んだ。
終点小仏バス停で全員降車しそれぞれ峠へと出発し、やがて閑散としてきた。
暫く車道を上って行くと真新しい真っ赤な車から長いホースを出し、放水訓練を行なっていた。
更に車道を上って行くと、行き止まりとなり、登山道となる。服装を整えて登山道を進む。
北風が強く寒いとの予報であったが、それほど風は感じられず、道には残雪も氷もなく快適な山道となった。江戸時代末期まで甲州街道として賑わった街道であったが、今はハイカー以外見当たらない。
一時間弱で小仏峠に着いた。峠の広場は風を感じた。流石に風は冷たい。峠にある明治天皇巡幸碑の前の露店で、10月の時も同様に高尾山周辺の新しい地図が売られていた。中川さんは既に購入されており、その地図には前回の日影沢に降りた北西尾根コースも掲載されていた。
小仏峠茶店跡の展望広場からは、相模湖が眼下に見渡せる。満々と水を蓄え広がっていた。富士の頂きは雲に隠れていたが裾野に積もった雪が見えていた。
峠で長く休む事なく城山に向かう。高尾山まで続く尾根道のよく整備されたコースも人は多かった。
城山山頂は混雑していたが、道志方面が見渡せる端の席を確保し、ゆっくりと食事をとることができた。
食事を済ませ城山を下る。殆どのハイカーは高尾方面に向かうが、僕らは相模湖方面に下る。山頂直下は角材で作られた長い急階段を下って行く。急坂は次第に緩やかとなる。何組みかのハイカーは僕らを追い越して行くが、混雑はしていない。
雪や氷はなく、泥濘んだ所も少なく終始快適な登山道であった。針葉樹の林や落葉樹の林をやり過ごしながら、次第に高度を下げ、再び中央高速道路が眼下に現れ、更に見上げる様になり離れて行く。林を抜け墓地の下に広がる街並みが現れ、下り着いた所に富士見茶店がある。茶店にはここで取れた産物なども売られていたが、必ずしもこの辺の土地の人が売っているわけではないらしい。
茶店を更に下ると千木良バス停に出る。相模湖駅行きのバスは出たばかりで駅まで車の多い田舎の街道の徒歩を続ける。
途中、「小原の郷」の休憩所により、更に県指定重要文化財小原宿本陣を見学した。間口十二間、奥行七間の立派の入母屋造りで二階三階は養蚕室として使われていたようである。奥座敷の北側の部屋は大名が泊まった「上段の間」ときされていた。